金堂 釈迦 三 尊像 法隆寺

は1935年の論文で、釈迦三尊と東の間の薬師如来の光背銘はいずれも疑わしく、推古朝の作ではないとした。

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金堂 釈迦 三 尊像 法隆寺

蒙此願力、轉病延壽、安住世間。 一般に吉祥天を本尊とし、罪悪を懺悔して災禍を払い、福徳を祈る儀礼であるが、本像のような三尊構成の吉祥悔過は『 金光明最勝王経』の第六「四天王護国品」に基づいている。 像の正面で交差したり、両腕から体の外側に垂下するなど、像によってさまざまなデザインがある。

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刻まれた文字の内面には鍍金が及んでいないとされるが、これについては写真映りをよくするために明治大正期に字の部分に詰め物をしたことの影響が指摘されている。

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鋳造技術上は、隙間を空けて鋳造する方がむずかしく、この点も両像の制作年代に差を認める説の根拠になっている。

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「法隆寺金堂釈迦三尊像の光背銘」(『日本古代金石文の研究』岩波書店、2004年)(長岡龍作 pp. 金堂「中の間」本尊であり、内陣中央部、木造二重の箱形台座(その形状から宣字形台座と称する)の上に、中尊の釈迦如来坐像と両脇侍菩薩立像が安置される。

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この文章の一行十四字、全十四行からなり、四字句を基本とした構文は、中国南北朝時代の墓誌に通ずる規格性をもつといわれる。 裳裾 もすそ の下端と左側、および沓 くつ 先は別材矧ぎ。 しかし、寺の本尊が単に像の大きさのみで交替するということは常識的には考えにくい。

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また、釈迦三尊像の頭上に吊るされている箱形天蓋(飛鳥時代)の大きさが同像の台座とほぼ同じ大きさであることからみても、金堂「中の間」本尊は当初から釈迦三尊像であったとみるのが自然である。

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『書の古代史』(、新版2010年(初版1994年))ISBN 978-4-00-028437-0• 上宮豊聡耳皇子と曰す。 鈴木嘉吉「世界最古の木造建築 法隆寺金堂 - 最新の研究から -」• しかし、釈迦如来の脇侍の名称を「薬王菩薩・薬上菩薩」とすることは、日本古代にも中国にも例がなく、後世に付された名称とみなされている。

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是に、慧慈、期りし日に當りて死る。